トリプルムーン【 台詞で創作100のお題 】
1〜10 > 11〜20 > 21〜30 > 31〜40 > 41〜50 > 51〜60 > 61〜70 > 71〜80 > 81〜90 > 91〜100
| 1 いやはや、参った。 |
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| 玖月はその時、自分の心のうちに起こった感情に、大いに戸惑った。 目の前にいるのは、どう見ても男だ。確かに、背は低いし、華奢だし、栗色の髪がチャーミングだし、目はパッチリとしていて、唇はほんのり赤くて、肌は人種を疑うくらいに白くて、胸がないことを除けば、玖月のストライクゾーンにど真ん中ではあるのだが。 一方の、階段から滑り落ちて玖月に助けられるという、今どき漫画でも起こりえない出会いを起こしたその少年はというと、ひたすら恐縮して縮こまっていた。 無理もない。緒方玖月といえば、進学校だからこそ校内ではそう多くない、不良と呼ばれるグループに分類される種類の人間で、しかも有名人だった。喧嘩をすれば負け知らず、他校の生徒や地域のチンピラ、果ては地元ヤクザの幹部にまでその名を広く知られている。 その一方で、一匹狼で徒党を組まず、誰とも馴れ合いにならないさまが、クールでカッコイイ、と女の子たちには評判だったりするわけだが。 そんな二人の出会いは、まさに出会いがしらの事故で。 その場で、まさかあの『クールでカッコイイ』玖月が、一目惚れをするなんて。しかも、相手は男の子。 (いやはや、参った) 玖月は、諸手を挙げて降参した。 人間、どんなに喧嘩に強くても、どんなに突っ張って生きていても、どんなに他人を寄せ付けないでいても、一目惚れには勝てないらしい。 |
| 2 スキ・キライ・スキ、…スキ。 |
| 出会ったその場で告白を受けて、雪輔は大いに悩んでいた。 ちなみに、今日で丸一週間。 嫌いなわけではない。クールでカッコイイ、と憧れるのは、何も女子だけではない。雪輔だってその一人だった。 こんな華奢で非力で、女の子にまで『カワイ〜イ』なんてからかわれるような容姿に生まれてきた雪輔は、それだけに実はコンプレックスを抱いていたりしたのだ。それが、今度は、男に告白されるなんて。今度こそ、滅多打ちの再起不能。 だからと言って、その場で断れる勇気はなかったし、時間を置いて考え直してみれば、嫌いな訳ではまったくない相手から受けた求愛を、無碍にするのも戸惑われる。 それに、玖月自身が、あの場限りの気の迷いだった、と断りに来るかと、少し期待もしていたのだが、それは無駄に終わっていた。何しろ、廊下や道端で出会うたびに、にこっと笑われて頭を撫でられて、返事待ってるから、なんて言われたら。 (断れないじゃないか〜) これが、雪輔の今の状況。 一週間目。出会った場所になった、人通りの少ない保健室脇の階段の前で、ほとんど同時刻に二人はばったり顔を合わせた。一方は、部活へ向かうところ、一方は、サボって寝ていた保健室から出てくるところ。出会うのは、必然だったわけで。 「花占い、する?」 似合わない言葉と持ち物で、まるでここで出会うのをわかっていたように現れた玖月が花を差し出す。それは、多分その辺の道端に生えていたタンポポ。 「好き、嫌い、好き……」 「好き」 雪輔の代わりに花びらをむしっていく玖月の手元をじっと見守っていた雪輔が、まるで呟くようにそう言った。 だって、こんな花びらに、自分の人生を左右されたくないし。本心は、きっと、疑いようもない。 「貴方が、好き。ホントは、ずっと前から」 二人の人生は、ここから交差する。 |
| 3 はい、馬鹿決定。 |
| 五月のある日。 珍しく、玖月は夕飯の時間に間に合ううちに、自宅に帰ってきた。それも、お客さんつきで。 末息子の珍しく早い帰宅に驚いて迎えに出た母は、そのお客さんを一目見て、正体を見破ったらしい。 「まぁ、ゆきちゃん。久しぶりねぇ。もう四年くらい?」 「お久しぶりです、おばさん」 ぺこん、と頭を下げた雪輔に、隣にいた玖月も驚いていたけれど。 「何で俺はアレだけ時間かかったのに、おふくろだと人目でわかるわけ?」 「くぅちゃんは、変わりすぎなんだよ。あのくぅちゃんと不良の玖月くんが、イコールにならなかったもん」 付き合い始めて早一ヶ月。雪輔は玖月を「くぅちゃん」と呼んでいた。『クールでカッコイイ』玖月には極め付けに似合わないあだ名なのだが、玖月本人も嫌がっている様子は見られない。 それ以前に、二人の台詞は、実は二人はあの階段が初対面ではないことを、如実に物語っていた。 居間では玖月の三つ子の二人の兄が、それぞれにソファに沈んで、一方はテレビゲーム、一方は漫画の読書の真っ最中。 珍しく玖月が連れてきたかわいいお客さんに目を奪われている。 玖月と雪輔をそこにおいて、三つ子を産んだ肝っ玉母さんは台所に戻っていきながら雪輔に声をかけた。 「ゆきちゃん、お夕飯食べて行ってね。おばさん、腕によりかけちゃうから」 「すみません。ご馳走になります」 小学生の頃はしょっちゅうこの家で母に可愛がられていた雪輔には、遠慮するという選択肢はなくて。恐縮しながら頷いた。途端に、駆け寄ってきた玖月の兄たちに、左右の手をそれぞれ取られて。 「ゆきちゃんっていうの?」 「玖月なんかと付き合ってるとバカがうつるよ。俺とテレビゲームしない?」 「ちょっと、架月。抜け駆けは良くないぞ」 「なんだよ、基月。ここは兄に譲るもんだろ」 困った顔の雪輔に気が回らず、二人は途端に言い争いに発展。埒が明かないので、雪輔は玖月を見上げ、見上げられた玖月は軽く肩をすくめた。 「兄貴たち、気づいてないのか、覚えてないのか。それ以前に、この構図なら、すでに俺の恋人だって、わからないかねぇ?」 「はい、馬鹿決定。あぁ、こんな息子たちを持って、情け無いったらありゃしない」 ペコンペコンと音を鳴らして、ラップの箱で架月と基月の頭を引っぱたき、母は深い溜息を吐くのだった。 |
| 4 言葉にするぐらいなら目で語れ。 |
| 彼の名前は渡部修二。緒方兄弟の父方の従兄弟に当たる。 最近の、玖月と雪輔のお昼のデートを邪魔しに来る、お邪魔虫さんの素性だ。 ちなみに、玖月が雪輔と付き合い始める前は、昼飯時は二人つるんでふらりと校外へ出かけていたものだから、邪魔をしたのは雪輔だという主張も成り立つ。ただし、修二本人は、そんなに野暮じゃない、と思っているらしい。 玖月と雪輔が、ペッタリ寄り添って同じおかずの入ったおそろいの弁当をつついているのを、修二は実に羨ましそうに眺めていた。 「お前らは、良いよなぁ。時場所かまわずベッタリだもんなぁ」 「時場所はかまってるぞ。公衆の面前でバカップルぶりを発揮すると、ゆきが怒るし」 その心は、クールでカッコイイというイメージを崩されたくないということらしい。それはでも、すでに崩壊しつくして跡形もなくなっている気はするのだけれど。 「修二くんは? 好きな人、いないの?」 「好きな人はいるし、猛烈アピールもしてるんだけど、まったく気づかれてない、って現状かな」 ははっ、と自嘲するように笑うから、雪輔は首を傾げて。そんなにアピールしている相手に、雪輔は心当たりが無い。 それはそうだろう。きっと、校内では誰一人として気づいている人はいないに違いない。 「恋心ってモンは、言葉にするぐらいなら目で語るモンだよ」 「それで気づかれてなきゃ、世話ぁねぇな」 うんうん、と雪輔にまで頷かれて、さすがの修二もがっくしと肩を落とした。 |
| 5 嫌なモンは嫌なの。 |
| 緒方家の家族構成は、単身赴任中の父と人気同人作家で主婦の母と、三人の息子たちで構成される。 このところ毎日この家にやってきて夕飯をご馳走になっていく、可愛い容姿を持つ少年は、すっかりこの家のアイドル状態で、本来は末っ子の恋人でありながら、すでに家族の一員状態にあった。 だから、学校では玖月を除いて双子だと思われている架月と基月が、それぞれに何かの事情で「夕飯いらな〜い」などと電話連絡が入ると、母は玖月と雪輔をつれて、外食産業のご厄介になりに出る。 いや、「だから」という接続詞は本来おかしいのだが、母に言わせると「あの二人がいないんだから、だから、で良いのよ」なんだそうだ。 で。 その日はちょうど、架月は生徒会の仕事で、基月はキャプテンを務めるサッカー部の仕事で、それぞれ帰宅が遅くなる旨の連絡が入り、またもや三人揃ってのお出かけと相成った。 向かった先は、焼肉店。 「え? ゆき、キムチ嫌い?」 母と向かい合って座る二人の会話に、いつも母は「眼福眼福」と微笑んで(にやついて?)眺めているのだが。今日はまた、いつもに増してほほえましい会話が出来上がっていた。 「っていうか、辛いものが全般的にダメ」 「ここのキムチ、辛くないぞ?」 ほら、食ってみ。玖月がそう良いながら、さすがに嫌いと言われてはたっぷり乗せられず、白菜の芯のところを一欠けだけ、ご飯の上に載せる。途端に、そこを下のご飯まで一緒に掬って、玖月の茶碗に戻された。よっぽど嫌なようだが。 「食わないと、大きくなれねぇぞ?」 「玖月は、俺が小さいほうが好みでしょ? 良いの。大きくなれなくても」 「屁理屈言わないで、食ってみろって。ホントに旨いから」 「嫌なモンは嫌なのっ」 まぁ、仲良きことは美しきかな、なんて良くわからないことを口元で呟きつつ、向かいの母はそんなやり取りを、大変面白おかしそうに眺めていた。 |
| 6 逃げても無駄、隠れても無駄。 |
| さすがにクラスが違うと、五分の休み時間にまで一緒にいることは出来なくて、昼時と夕方以外は玖月と離れて生活している雪輔には、実は「校内の有名人」という親友がいる。 これが、中学生の時からの長い付き合いで、けして低くはない偏差値を誇るこの高校に入学する折にも、一緒に勉強した仲だった。 名前は、瀬戸飛鳥。高校一年生の頃には、雪輔に恋心を打ち明けて見事に玉砕したものの、それで関係が壊れたわけではないあたり、相当縁は深いようだ。 ちなみに、肩書きは生徒会副会長。公然と『女神様』のあだ名をつけられた、容貌容姿の整った青年だ。子供の頃から地元のテニススクールに通い続けているせいか、遺伝的に細身らしいその身体も、すっきりと鍛え上げられた健康男児だったりする。 彼の存在が、そばにいる雪輔の美貌を霞ませているのは間違いない。おかげで、玖月と再会するまで貞操を守ることが出来たのだから、結果としては良かったのだろうが。 飛鳥とは、高校に入ってから二年間、偶然にも同じクラスに所属しているので、授業の合間のこうした休み時間には、ほとんど一緒に過ごしている。 「ねぇ、ゆき。今日の昼、一緒に食べようよ」 「うーん。くぅちゃんが何て言うかなぁ? 修二くんもいるし、大丈夫だと思うけど。聞いてみる?」 「お願い。あいつには絶対に捕まりたくないんだ」 いつもは、雪輔が玖月と一緒に屋上に行ってしまうから、クラスメイトたちとバカ話をしながら食事を楽しんでいる飛鳥だが、今日はなにやら切羽詰った問題ごとを抱えているらしい。 それにしても、捕まりたくない、とは、なかなかに物騒な発言だ。 「どうしたの?」 「あいつ。緒方架月。何を血迷ったか、この俺に、付き合ってくれと来たよ」 「……手が早いって噂にしては、一緒に仕事してもう半年だよね? へぇ。どうしたんだろ、かづくん」 一緒に仕事をして、というのは、架月の肩書きによる。生徒会会長。つまり、飛鳥の相棒なわけで。 「惚れちゃったんだよん」 突如。飛鳥の背後から、雪輔にとっては聞きなれた、飛鳥にとっては聞きたくない、件のご当人の声がした。ついで、飛鳥のけして低くはない背中に張り付いて、肩口から顔を出し、や、と雪輔に手を上げて挨拶をする。 挨拶を返す雪輔ににこっと笑って、逃げようと暴れる飛鳥を羽交い絞めにし。 「飛鳥、逃げても無駄だし、隠れても無駄だからね」 お気の毒様です。そんな意味をこめて、雪輔は飛鳥に向かって合掌して見せた。 |
| 7 そんな事言うと…ふさぐよ? |
| たぶん、毎日ちゃんと家に帰って寝ている、というところが、雪輔にとっての最後の砦だ。 家に帰ったところで、そこで雪輔を待つ人間は誰もいないのだが。そして、家に帰ったところで、雪輔が帰りを待つべき相手も、誰もいないのだが。 だから、最近は母親まで味方につけて、うちに泊まっていけば、というのが玖月の雪輔を見送るときの決まり文句になっていたりする。 「酒乱のオヤジさんはもう二年も前にあの世行きだし、おふくろさんだって、夜中帰ってきて明け方でかけていくような生活だろ? どうせ帰ったって、ゆき、ひとりぼっちじゃんか」 「でも。あそこが俺のうちだから。それに、お母さんもかづちゃんもきづちゃんもいる家で、泊まっていけないよ」 「……それって、期待してる?」 「……バカ」 実は、いまだに清い関係の二人だ。別に、母親と二人の兄に遠慮しているだけなら、尾道家には誰もいないのだから、そちらへ行けば良いだけの話で。ただ単に、踏ん切りがつかないだけだったりする。 「期待されてるなら、応えなくちゃなぁ」 「それは、また今度ね。おやすみ、くぅちゃん」 ひらひら、と手を振って、雪輔の足が玄関を一歩外へ出て。 途端に、背中から抱きすくめられた。 「ずっとはぐらかし続けてるけど。もしかして、嫌なの?」 「そんなことないよ。でも、ほら、今日はもう遅いから……」 「ゆき。ちゃんと答えろ。嫌なら、もう言わないから」 きつい口調で咎めると、さすが現役不良少年、なかなかの迫力があって。ただ、その迫力は意外と雪輔には効果がない。きょとん、と見返して、首を振る。 「俺は嫌じゃないんだよ。ただね、俺、男なんだよ? いざっていうときに、くぅちゃんの、役に立つのかなぁ?って。その段になってから、やっぱりダメだった、なんてなったら、俺、すごい情けな……」 ……続きは、玖月の口の中へ。無理やり塞がれた口の中で、まだ雪輔はもごもごと言っていたけれど。舌を絡め取られて強く吸い上げられて、言い訳みたいな抗議の言葉はストップしてしまった。うっとりと、雪輔のまぶたが落ちる。 「そんなこと言ったら、俺、止まらない……」 その夜の、不良少年のお泊り先は尾道家だった。 |
| 8 話して、その尊い未来の事を。 |
| 昼食の時間は、雨でない限り屋上にいる。 今日もまた、雪輔と玖月は二人並んで同じおかずの入ったお弁当を膝に置いていた。目の前に、直に屋上の床に座っているのが、修二と飛鳥。それに、飛鳥を追ってきた架月だ。 本来なら、二人でイチャイチャしたいところなのに、玖月を追って修二が邪魔をし、雪輔を追って飛鳥が邪魔をし、さらに飛鳥を追って架月が来た形。玖月も雪輔も友だちは大事にするタイプだから、架月以外は大歓迎を受けている。 さて、そんな彼らだが。 今日は珍しく、みんながそれぞれに同じ印刷をされた紙を眺めていた。玖月と雪輔は寄り添って分厚い資料をぱらぱらとめくっているし、それを上から逆さま向きに覗き込んでいるのは飛鳥だ。 「ゆきはどうするの?」 あてもなく、ただページを繰っていく雪輔の指先を眺めていて、飛鳥は首をかしげて問いかけた。それに、雪輔は首をかしげて玖月を見やる。 「どうしようかなぁ。出来れば、くぅちゃんと同じ方向に進みたいけど。くぅちゃんは?」 「大学は行くけどな。別に、決めてない。ゆきは夢があるんじゃないのか?」 「うーん。学校の先生とか」 「お母さんの影響?」 「反面教師、という意味でね。でも、学校の先生って、教育学部に行かなくても、なろうと思えばいくらでもなれるんだよ」 だから困っているのだ、という雪輔に、ふぅん、とまた悩みこむ玖月。一方、飛鳥は「夢ねぇ」と呟いて、二人のそばを離れていった。 さて、そのそばで悩んでいる少年が一人。 修二は珍しく一人で、悶々と悩んでいた。 「基月はどうすんのかなぁ」 つまり、好きな人の未来を思い悩んでいるわけで。 それ以前に、まずは思いを告白したらどうだ?と玖月などは傍で見ていて思うのだが、どうやら修二にその気はないらしい。 そして、架月はというと。 弟とその恋人のそばから離れてきた飛鳥に、猛烈アタック中だった。 「話してよ。飛鳥の思い描く、尊い未来の話を」 「気障ったらしい男は嫌いだっての。架月に教える義理がどこにある」 架月の恋はどうやらまだまだ前途多難らしい。 |
| 9 無闇に己惚れないで。 |
| 中野島高校の生徒会室は、ここでもやはり、校舎の一番隅のほうにひっそりと置かれている。 畳にして十畳ほどの、校内では比較せずとも一二を争う狭い部屋だ。 そこに、折りたたみの机とパイプ椅子を並べて、生徒会の役員はせっせと仕事に精を出す。 ちなみに、もうすぐ月一生徒定例会が予定されていて、議題は制服の自由化と今年の文化祭について。 制服の自由化問題は、ここ数年の生徒会が毎年毎年議題に挙げては職員会議上で潰されてきた案件だけに、定例会に残った今年こそ、成立させようと皆躍起になっている。 なっている、はずなのだが。 「で、草案はまとまったのか?架月」 「まだだよ。うちは女房が頼りになるから、身が入らなくてねぇ。代わりに考えてよ、飛鳥」 「冗談。たまには会長の仕事を全うしろよ。まったく、誰だよ、こんな色ボケを会長にしたバカは」 もちろん、教師が推薦し、生徒の大多数が承認したから、なのだが。 実態は、こんなものだ。本当に役に立つのは、数々の浮名を流して有名人になった、しかもまだ夢から覚めきれない少年たちには熱烈な支持を受けている、飛鳥が言う所の色ボケ架月ではなく、名付け親の飛鳥の方で、それはもう、生徒会役員には周知の事実だ。 が、架月がそんな人の身勝手な期待やら噂やらに踊らされるような可愛げのある人間では、あるはずが無いわけで。 「そりゃあ、もう、俺の知性と美貌に惹かれて一票を投じてくれた生徒の皆さんでしょう」 「有権者って、何でこう、バカばっかなんだろ」 「みんな見る目があるって言って欲しいなぁ。飛鳥だってまんざらでもないくせに」 「……はぁ?」 ここまでバカにされていて出てくる台詞じゃないだろ、と口の中でもごもごと独り言を言う飛鳥に、その独り言は聞いていないのか聞こえていないのか、架月はふふっと笑って飛鳥に顔を近づけた。 「あのね、飛鳥。有名なことわざだろ? イヤよイヤよも好きのうち♪」 「無闇に己惚れてんじゃないよっ」 結局こらえきれず、どか、と音を立てて、飛鳥の拳に殴り倒された架月は机に突っ伏した。 周りで一部始終を観察していた役員たちが、「この忙しいのにイチャイチャしてんじゃねぇよ」と思ったとか思わなかったとか。 |
| 10 諦めろ、恋人。 |
| どんがらがっしゃーん。 まるで漫画のような音を立てて、積み上げられていたビールケースが盛大に崩れる。 それは、そこに倒れこんできた人の巻き添えになってしまった哀れな犠牲者で。 哀れといえば、ちょうどその隣に退避していた小柄な少年も、突然吹っ飛んできたその人間に、小さな悲鳴を上げて身体を縮こまらせていた。 目の前では、二人対十数人の大乱闘が繰り広げられている。ちなみに、二人の方が優勢だ。 そもそも、現在優勢に立っている玖月と修二としては、玖月が雪輔と付き合い始めたときから、すでに喧嘩だの非行行為だのからはすっぱり足を洗っていて、今の喧嘩も実に不本意ではあるのだ。大体、もう三ヶ月も前のお礼参りなんて、今時流行らねぇだろ、と二人は心底思う。 普段は放課後には早々に二人連れ立って緒方家に帰ってしまう玖月と雪輔が、修二まで連れ立ってこんな繁華街の裏通りなんていう場所を歩いているのは、今日数学教諭が課した宿題のせいだった。 進学校には入学したものの、校内でも指折りの有名人になっている兄、もしくは従兄弟に比べれば大した学力も無い玖月と修二は、思い返してみればその架月と基月を差し置いてたびたび学年一位の座につく雪輔に泣きつくのも、至極当然の成り行きで。 この裏通りをもう少し駅と反対側に進んだところにある、市立図書館で宿題を片付けた帰りだったわけだ。 こんなことなら、修二を家に招いてしまえば良かった、と後悔しても、後の祭りというものだ。 この場所で絡まれてぴったり五分経過。 助け合いながら逃げ出した、そもそもこの喧嘩の元凶たちの後姿を見送り、玖月と修二は手を払っていた。それぞれに、顔や手足に擦り傷は作っているが、それ以外に大した怪我もなさそうで、思わずほっと胸を撫で下ろす。 あからさまに、ほうっと息を吐き出した雪輔に気づき、玖月は頬の傷には頓着せずに雪輔の顔を覗き込んだ。 「恐かった?」 多勢に無勢でも勝ち喧嘩に持ち込むような男が、猫なで声で恋人のご機嫌を伺う様子に、すでに慣れてきた修二は軽く肩をすくめ。頷くべきか首を振って否定するべきかと悩んでいる雪輔の肩を叩き、笑い声を聞かせてきた。 「お礼参りなんて、こいつと付き合ってる限り、日常茶飯事だよ。諦めろ、恋人」 否定もできず、玖月はその隣でう〜と唸っていた。 |
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