その2.綺麗な薔薇には刺がある 編


 今日もまた、心地よい目覚めが麻紀のもとを訪れた。
 従兄弟と恋仲になって早二年。二人の生活もすっかり慣れ、傍らに人がいることを、自然に嬉しいと思えるようになっていた。
 それも、相棒になってくれた従兄弟のおかげだ。
 最初の頃は、彼が好いてくれるのに甘えて、彼の求めに答えているだけだと自分を誤魔化していた。でも、今はきっと、麻紀の方が彼に心底惚れているのだ。その優しさと、優しいだけではない強さと、温かく見守ってくれる目に、どうしても甘えてしまう。手放せなくなってしまう。
 それは、麻紀としても、本当はだいぶ恐いことなのだが、それでも心には逆らえなくなっていたし、今は逆らう必要もない。麻紀は彼に甘えたいと思い、彼は麻紀を甘やかしたいと思ってくれる。この均衡を自ら崩すほど、麻紀は馬鹿ではないし、そんな勇気も彼にはないのだ。
 いずれにせよ、いつものように人肌の温かさに包まれて心地よく目を覚ました麻紀は、いつもなら目を覚ますときまで包み込むように抱いていてくれる人の腕が珍しくそこにないことに、少しがっかりしてしまった。とはいえ、隣には先ほどまで人がいたようなぬくもりが残っていて、ふと目元を緩める。
 それから、ふと自分の腹辺りに、人肌程度の暖かさを持つ塊を見つけた。それは、恋人、隆則にしてはあまりに小さく、だからといって犬や猫のサイズでもない。例えて言えば、幼稚園児くらいだろうか。
「え?」
 連想して思いついた言葉に、麻紀自身が驚いた。そして、分厚い布団を大きくめくる。
 そこにいたのは、丸まって眠りをむさぼっている、丁度幼稚園児くらいの男の子だった。もちろん、この家に該当する子供はいるはずがない。が、ここは麻紀にとっては非常に見覚えのある、自宅の寝室であるし、ここに少年がいることもまた、紛れもない事実だ。
 今日は、昨日から一年を越した、正月一日。仕事も学校もない、大事な休みの日だ。今日くらいは一日中家でごろごろしよう、と昨日も隆則と約束したばかりだった。
 それなのに、その隆則はここにいないかわりに、見知らない少年がそこにいるのだ。これは一体、何の冗談なのか。隆則が手放しで誉める聡明な頭をもってしても、謎はさっぱり解けない。
「ん〜」
 布団をめくったせいで、どうやら寒くて目が覚めたらしい。寝ぼけ声を上げて、小さな手で自分の目元をこすり、目の前にある温かそうな人の肌にぺとりとくっつく。
「え? ちょっと、君?」
「ぁんだよぉ。まだ寝かせてよ、マキぃ」
 マキ?
 寝ぼけた声で、甘ったるい抗議の声を上げる、その子供らしい高い声が、麻紀にまさかという想像をもたらした。その言い回しや自分の愛称が、紛れもない恋人の反応なのだ。
「タカちゃん?」
「ん〜?」
 まだ寝ぼけている隆則は、適当に返事を返して麻紀の胸に顔を押し付けた。すりすりとこすりつける仕草はいつもの甘え方と同じなのだが。
 それから、自分でもやっと違和感に気づいたらしい。ぴた、と行動が止まった。
「あれ? マキ、でかくなった?」
「……タカちゃんが小さくなったんだよ」
 どうやら、間違いないらしい。これが、隆則だ。が、どう見ても幼稚園児なのだが。この彼と性行為になどなだれ込もうものなら、幼児淫行罪を取られてしまう。
 とりあえず、それが隆則であることを確認して、何はともあれ他人ではないことにほっとして、麻紀はベッドを抜け出した。隆則は驚きのあまりすっかり目を覚ましたらしく、ベッドの上に座り込んで、ぼうっとしてしまっていた。
 全裸のまま台所の方へ出て行く麻紀を呆然と見送り、同じくまだ全裸な自分を見下ろす。小さな身体に小さな手に小さな性器。当然、子供の頃に見慣れていたものなので、慣れてしまえば違和感も薄れるが、それにしてもとんでもない状況である。
 しばらくして、麻紀が両手にマグカップを持って戻ってきた。電子レンジで温めたらしいホットミルクがなみなみと注がれている。
「はい。とりあえず、これ飲んで落ち着いて。中学の時の俺の服ならぶかぶかでもどうにか着れると思うから。後で探してみるよ」
 そう言って、自分はクローゼットを開けて着替えを取り出す。そこで、ようやくファンヒーターも回りだした。
 ファンヒーターの火がつく音でやっと、隆則は我に返ったらしい。さむ、と呟いて、頭から布団をかぶった。その隣に、ふわふわのセーターで暖かくして、麻紀が腰を下ろす。
「それにしても、どうしちゃったんだろうねぇ。昨日、変なもの食べた?」
 ずずっと音を立てて、少し冷めてきたホットミルクに口をつける。真似をして、自分のマグカップの中身を舐め、隆則は不機嫌そうにうーと唸った。
「俺が食べてマキが食ってないものなんて、ないぞ。昨日は」
 声は子供のそれでも、頭の中は大人のままであるらしく、隆則らしい返事が返ってきた。そうだよねぇ、と麻紀も頷く。
 それでも、しばらく考え込んでいたらしい。現実逃避をかねて、一心不乱にホットミルクを飲んでいた隆則の顔を、麻紀が何かに気づいて覗き込んだ。
「風邪薬。タカちゃん、お酒と一緒に飲んでなかった?」
「風邪薬?」
 問い返し、昨夜の自分を思い返す。それから、あ、と声を上げた。
 確かに、風邪薬を飲んだのだ。除夜の鐘を待って、二人でテレビを見ながらさしつさされつしていたときに、くしゃみは出るし何だか熱っぽい自分に気づいて、最近買ったばかりの新発売の風邪薬を口にした。それだけは、麻紀と違う食べ物と言えばそうだ。
 だが、酒と風邪薬を一緒に飲むと悪酔いする、とは聞いたことがあるが、身体が小さくなるなど前代未聞である。そんなことが頻繁に起これば、とっくに問題になっているはずだ。
「風邪薬が、原因?」
「としか、考えられないでしょ? 後は、俺もタカちゃんと同じもの食べてるもの」
 そりゃそうだ。と頷いて、隆則はまた、うーんと唸った。
 まさか、風邪薬が原因とは。
「これ、ずっとこのままかな……?」
「それはないと思うけど。でも、どうだろう。年始明けてもそのままだったら、お医者さん行こうか」
「悠長だな」
「だって、なっちゃったものはしかたがないじゃない? 悪あがきするよりは、状況を楽しんだ方が、建設的ってものだよ」
 まぁ、確かに。麻紀に落ち着いてそんな風に諭されて、隆則は軽く肩をすくめ、ため息をついた。
 少なくとも、この状況にパニックを起こさずに済んでいるのは、麻紀がこの状況に柔軟に対応してくれているおかげだ。こうなれば、麻紀の言うように、今の状況を楽しんだ方が良いかもしれない。
「さてと。まずは着るものを探さなくちゃね。タカちゃん、とりあえず、これ着てて」
 言って、渡されたのは隆則のもこもこセーターだ。唯一麻紀とお揃いの一品である。それを頭からかぶると、丁度膝まで隠れた。袖をまくって手を出し、とりあえず動くのには支障がなくなる。ただ、襟元が大きくてすうすうするのだが、それは仕方がないだろう。
 古い服、多分あそこにあると思うけど、などとぶつぶつ呟きながら、空になった二つのマグカップを持って、麻紀が部屋を出て行く。隆則も、ただでさえ大きなダブルベッドを這い出して、後に続いた。


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