夏休み特集
![]()
恋人が大人で良かったと思うこと。
たとえば、こうして車で遊びに出られることとか。金銭的な制約が学生よりはゆるいこととか。
恋人が先生で良かったと思うこと。
たまにはこうして、夜中まで公然と遊べることとか。親の信用が厚いこととか。
ま、本人は、将来ご挨拶に行くときが怖い、なんて言ってたけどね。信頼を裏切るようで、って。
今日は、平塚と江ノ島で同時に花火大会がある。
ちょうど、学校で夏休みの受験対策補習授業があってね。俺と園江と小石がそれを受けた。で、休み時間に駄弁っているときに、花火大会の話になって。見に行きたいね、という小石の一言が、今日の夜遊びのきっかけになった。
だって、あの小石が珍しく、自分の意見を主張したんだよ。叶えたくなるじゃん、一度は惚れた相手だしさ。
で、召集されたのが、この三人に、井上と遠野と、遠野の彼女の中井ちゃん。で、車を出してくれて、かつ、その運転手までしてくれたのが、俺の彼氏の芝田っち。
井上と遠野は、三年になってからクラスが変わってしまった。それは、進学クラスと就職クラスに分かれたせいだったけれど。でも、俺たちは今でもよくつるんで遊んでいる。昼飯も一緒だし、どこかに遊びに行くのも一緒だ。
だって、俺の彼氏を受け入れてくれた大事な友達だよ。手放したくはない。
ま、井上も進学クラスにいて当然なんだけどね。美大志望だから、受験勉強よりも、課題作の作成に時間をかけたい、って、時間割の楽な就職クラスを希望したらしい。
遠野も、実は勉強ができないわけではない。ただ、高校を卒業したら家業を継ぐんだそうで、進学はするつもりがないんだそうだ。そういう選択肢も、ありだよなぁ、って、遠野を見てると思う。
さて、今日だけれど。
高校生を六人も引率することになった芝田っちの愛車は、トヨタのボクシー。七人乗りだから、人数はぴったり。
行き先は、大磯海岸だった。
駐車場はもう閉まっている時間だけれど、何でも、路駐OKな穴場を知ってるんだそうで。
まだ太陽の光がしつこく残っている、午後七時半。大磯の砂浜に、俺たちは花火セットを持って降り立った。
花火会場からは離れているせいか、俺たち以外に人がまったくいなくて、この広い砂浜が、俺たち専用のプライベートビーチに早変わりする。
ざーん、ざーん、と寄せては返す波間に、高く昇った欠けた月が、その姿を映していた。
どん。
平塚の花火が、第一声を上げる。
音はちょっと遠いけれど、その姿は意外と大きく見えて。その向こうには、同じ時間に始まった江ノ島の花火が、遠くに見えていた。
「おー。たーまやー」
「バーカ。玉屋は江戸時代だろ」
「細かいことは言いっこなし」
相変わらず、井上と遠野は絶妙なコンビネーションで漫才を繰り広げ、小石を笑わせている。小石の隣で、園江も「バカだなぁ」とからかいながら笑っていた。
あの二人も、最近ではずいぶん落ち着いたと思う。冬の間はまだ危なっかしいところがあったけれど、最近では小石のあの寂しそうな目も、めったに見なくなった。きっと、園江が甘やかしているんだと思う。今までの経験が根深い分、園江の甘やかしぶりがどうやらちょうど良いらしい。
やっぱり、園江に譲ってよかった、と俺は今更ながらに思う。俺では、小石をあんなに無邪気に笑わせてあげられないよ。
俺も小石と同じで、心の傷を持ってるからね。最悪、引きずられてしまう。
「弓弦?」
俺の弱いところも良く知ってくれている大人な恋人は、園江と小石を見つめて俺が寂しそうにしているように見えたのか、心配そうな声で俺を呼んだ。
「羨ましい?」
「違うよ。小石、普通に笑ってるなぁって思って。良かったね。幸せそう」
「あぁ、小石か。そうだな」
納得して頷いてくれて、芝田っち、いや、一之は、俺の肩を抱き寄せた。二人きりのときでなくちゃしてくれないことだけれど、この友人たちの前では取り繕う必要がないことを、彼も良く知っている。
しばらく、遠野は彼女と、園江は小石と、肩を寄せ合って花火を眺めていたが、一人あぶれた井上がいい加減つまらなくなったのか、俺と一之の隣でなにやらごそごそとやりだした。何かと思えば、小さな百円の懐中電灯を口にくわえて、花火セットを解体している。
「もうやるのか? 井上」
「だって、俺だけ一人でつまんねぇし。線香花火でもやってようかなぁ」
「いいじゃん、あそこに大きい花火が上がってるんだから。あ、スターマイン」
「え、どれどれ?」
拗ねて膨れた井上に、俺はその態度が可愛くて、思わず笑ってしまった。男に可愛いというのもどうかと思うけれどね。カワイイのはカワイイ。
近い方の花火会場では、小さな花火と大きな花火を組み合わせて連続して打ち上げていた。どどどどん、と後から音が追いかけてくる。
花火は、近くで見てその音の迫力を楽しむのも良いけれど、遠くから見てもそれなりに楽しめるものだ。そう、今日気付いた。
「弓弦。お前、今日、大丈夫か?」
隣にいる井上に聞こえないように声を低くして、しかし、一之はふと心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
聞かれた意味が一瞬わからなくて首を傾げた俺は、次の瞬間に何を心配しているのかを思い出し、さらに首を傾げて見せる。
「今のところは、眠くならないから大丈夫」
自分の身体のことだけれど、自分ではどうしようもないことだから、俺は現状を答えるしかない。そうか、と一之は頷いて、強く肩を抱いてくれた。その力強さに、ほっとする。
俺には、二つの人格がある。昼の俺と、夜の俺。夜の俺の無節操さを良く知っている一之は、だからこそ、心配しているのだ。そういえば、みんなと花火を見に行きたい、と言ったときも、最初はめちゃくちゃ渋ったっけ。
でも、きっと大丈夫だと思うよ? ここに、一之がいるから。夜の俺も、一之にベタ惚れしてる。それは、昼の、つまり今の俺にも、わかる。俺自身が、心も身体も、一之一人に向いている。目の前に彼がいて、他に手を出すことは、きっとない。
次々とあがる花火を眺めていたら、あっという間に時間は過ぎていて。もうすぐ九時というころ、終わりを知らせる空花火が上がった。
「終わっちゃったね」
そう、しんみりと言ったのは、小石だった。打ち上げ花火を見るのは、初めてなんだそうだ。だから、夜はヤバイとわかっていながら、彼らを誘ったんだけどね。だって、小石を喜ばせてあげたいし。
それから、俺たちは買ってきた二つのチャッカマンを手に、花火セットに手を出した。派手なタイプのものは、井上、園江、遠野の三人に任せて、そっちではしゃぐ彼らを笑って眺めながら、残った四人で手持ち花火に火をつける。
シューと音を立てて、色とりどりの火花が散る。キレイ、と呟いたのは、中井ちゃんの声だった。うん、俺も、キレイだと思うよ。
俺が一番好きなのは、線香花火だしね。あの、儚いがゆえの美しさは、なんともいえない。
どん、とあがる打ち上げ花火は、きっと一度にたくさんの人の目と耳と心を楽しませる。でも、こうしてしゃがみこんで見つめる線香花火は、それを持つ人に、打ち上げ花火以上の感動をもたらす。自分が指先で持っている小さな命。その内に秘めた少ない火薬が魅せる火花の芸術。それは、素敵だと思う。
俺もね、できることなら、多くの人を楽しませる打ち上げ花火ではなく、一之一人のための線香花火でいたい。そんな風に、今は思うんだ。
「わぁ、懐かしい。これ、鉄砲の形」
紙に印刷した鉄砲の先に火薬の筒をつけただけの手持ち花火を見つけて、小石は俺の目の前で、無邪気に笑った。
その笑顔が、とても眩しくて。こんな笑顔を彼に返してあげられた園江を、俺は思わず尊敬してしまうわけで。
でも、その一方で、思わず小石に欲情してしまう自分を感じてしまった。
「……一之。ヤバイ」
「だから、言っただろ。大丈夫、俺がうまく誤魔化してやる。しがみついてろ」
うん。
「ごめんね。大丈夫なつもりだったんだけど」
「気にするな。弓弦は弓弦のままだよ」
俺の欲しい言葉を、ちゃんとくれる、本当に大人な恋人にすがり付いて、俺は安心して目を閉じた。
意識が、遠のいていく。
本当は、俺の知らない俺が、一之に愛されていることに、めちゃくちゃ嫉妬してしまう。俺は俺なのに、その記憶がない。それが、すごく悔しい。
でも、一之はそれをわかってくれていて。夜の俺を抱いた後は、ちゃんと、昼の俺も抱いてくれる。無理にでも時間を割いて、昼間のうちに、俺を求めてくれる。一度に二人相手にして、大変だろうに。どっちも弓弦だから、っていって、俺を安心させてくれて。
いつか、夜の俺も取り込んで、一つの人格になって一之に愛して欲しいって、今はそう思ってる。だから、カウンセリングもちゃんと行っているし、こうなった原因にも向き合ってる。
昼の俺と夜の俺。生まれたときの人格はどっちが正しいのか、俺にはわからない。もう一人の俺に、俺は会えないから。
でも、一之はきっと知ってる。どっちが、本物なのか。教えてはくれないけれどね。
そうだ。今度、一之に聞いておこう。昼の俺と夜の俺、どっちが打ち上げ花火だと思う?って。
きっと、笑ってこう答えるんだろう。
どっちも打ち上げ花火みたいに大きくて、どっちも線香花火のように可憐だよ、って。
恋人がこの人で良かったと思うこと。
二重人格の俺をどっちも愛してくれる人だとか。こんな俺を真剣に大事に思ってくれる人だとか。
きっと、運命の相手なんだと思う。だから、ずっと、一緒にいて欲しい。
これから先も、ずっと、ずぅっと。
Copyright:(C) 2005-2008 KYMDREAM All Rights Reserved.