8周年記念第一弾 第2位「忠等と宏紀のラブラブ・ウエディングドレス着用の結婚式」

土方家の事情を知っている友人知人にばら撒いた結婚披露宴企画に、まず真っ先に協力の名乗りを上げたのは、普段から休みがあるのだろうかと不思議になるほど精力的にテレビに顔を出している、バラエティ番組で引っ張りダコの天然系演技派女優、田辺美佐子だった。
そもそも、出会いからして妙縁と言い切れる間柄の相手だ。
まだ新人だった忠等が断りきれずに巻き込まれたお見合い騒動で、結局テレビ沙汰にまで発展したその場に、居合わせたパネラーの一人が、美佐子だった。
年長組カップルよりは年下だが、忠等の両親とは同年代の彼女と、その夫でこれまた連ドラの帝王と異名を持つ俳優、田辺新太郎は、妙な縁で知り合った宏紀と忠等を、まるで自分の息子のように可愛がってくれている。
その、可愛い子供たちの、同性カップルの結婚披露宴という珍イベントに、彼女は真っ先に食いついた。
元々、宏紀が書く小説のファンだという彼女は、その小説によってなのか元々なのか、随分と革新的な思考の持ち主で、楽しいことには是非声をかけて、と事ある毎に言ってくれていた人なので、はしゃぐようなその返答に、宏紀は苦笑をするだけだった。
事の発端は、定期健診を久しぶりに受けた貢に下された、健診結果だった。要治療、とされたそれは、あと数ヶ月放置していたら命に関わっただろうという切羽詰った症状で、これは薬で散らせる程度だったのだが、この結果が年長組の意識に変革を与えた。
生きているうちは、本人たちが幸せに暮らせていれば良い。だが、所詮は他人同士。ひとたび事が起これば、お互いに何の権限も持つことができない、法的には実に危うい関係なのは事実なのだ。いままでは目を背けていたそれも、そろそろ還暦が目前という二人には、考え直す必要のある問題だったらしい。
思い立ったが吉日、とはまさにこのためにあるような言葉だった。
知り合いの弁護士に、養子縁組に関わる手続きを相談し、ついでに婿同然の忠等も巻き込んでしまおうという流れになり。
結果、せっかく皆で土方姓になるのならば、お披露目しなくては、という名目の元、知り合いを招いてのパーティーを計画することになったわけだ。
もともとは、これもまた知り合いに飲食店の経営者がいたので、その伝を借りて一日店を貸切にしてもらい、そこで小さなパーティーをしよう、という程度の企画だった。ところが、まずは宏紀の親友である松実が、宏紀にウエディングドレスを着せよう、と提案し、神社の神主である高宏の兄が、どうせなら結婚式をしなさい、と立会いを申し出てきたため、随分と大々的に盛り上がり、現在に至っている。
高宏の実家である船津家では、高宏の性癖はバレていたものの、同性の恋人には反対したままであったから、兄のこの申し出には随分と驚かされた。反対していたのは、どうやら両親祖父母だけだったらしい。現役を引退した両親にはもう何も言わせない、と宣言した兄は、ずっと自分の性癖と両親からの圧力の板ばさみに苦しんでいた弟を間近で見守っていて、自分が発言権を持った暁には自由にしてやろうと常々思ってくれていたのだそうだ。
最大の懸案であった船津家の問題も、兄が協力してくれることで解決に至り、まさに祝福されての結婚披露宴と相成った。
それは、天高く馬肥ゆる秋本番。小春日和の穏やかな日曜日だった。
稼ぎ時であろう秋の連休のど真ん中に、店を貸切で貸してくれたのは、駅前でイタリアンレストランを経営する、元警察官の野中豊だった。
若い頃に結婚したものの三ヶ月で離婚して以来、独身貴族を貫き通して貯めた金で開店したレストランは、味が気に入って通っていたものの、駅遠な立地とイタリアン激戦区の悪条件で経営難に陥っていた店のシェフを口説き落として、新たに場所を変えてオープンしたもので、本人は経営に専念しているらしい。
今では口コミで常連客もつき、上々な経営状態であるから、日曜の昼間とはいえ、貸切は痛手のはずだ。しかし、警官時代に世話をして世話になった高宏と貢に対する恩返しだと、快く貸してくれた。
店は、駅前テナントビルの一階にある。店の入り口には、本日慶事のため貸切、という札が掛かり、店の厨房ではパーティー料理の準備で大忙しだ。
その店内の一角に、パーテーションで目隠しされた更衣室が準備されて、中では宏紀がドレスの着付けに悪戦苦闘していた。
そこにいるのが、このドレスを提供してくれた、美佐子だった。自分の気に入っている美容師だ、と連れてきた女性に着付けを任せ、他にも同時に着替え中の男三人に目を配っている。
さすがに、今回の主役たちは粗野な男ばかりで、こういった女性的な美的センスはやはり、それを職業上の武器にすらしている女優の彼女に、軍配が上がる。美佐子自身、それを自覚しているからこそ、衣装はすべて自分に任せなさい、と押し切るように協力を申し出てきたわけだ。
着替えているのが全員男性であるから、関係者たちは誰も着替え中でも遠慮なく顔を見せる。美佐子の夫として一緒に出向いてきた新太郎も、着替え中の彼らに、ほほぅ、と感心した声を上げた。
「さすが、馬子にも衣装だな」
「あら、失礼ね。素材が良いから映えるのよ。忠等君は言わずもがなだけれど、お父さんたちもさすが元警察官よね、姿勢が良いからすごく綺麗」
惚れ惚れ、と彼らを見回し、美佐子が満足のため息をつくので、そもそも名の知れた名女優の彼女の眼鏡に適うとは思っても見ない主役たちは、恥ずかしそうに目元を赤らめ、そっぽを向いた。
一方、女性モノのはずのウエディングドレスを身に纏い、ドレスの裾に隠れて見えないはずの足元もしっかりと女性用のサンダルを履かされ、テレビの現場で何人もの女優を化けさせてきた本物の美容師にメイクを施され中の宏紀は、もっと所在無さげだ。
ナチュラルメイクを意識したそれは、肌理細やかな肌がもったいない、と、本当に薄化粧で、目元と口元だけを色っぽく描きこまれているらしい。大体出来上がりらしく、どうですか、と判断を振られた美佐子は、その性別不詳の美貌に、らしくない歓声を上げた。
「きゃあ、可愛い〜! うちに欲しいわぁ」
「美佐子さん、持って帰らないでくださいね」
思わず、旦那に当たる忠等が突っ込みを入れた。まったく、本気に取れるはしゃぎようだった。
宏紀以外の三人は、忠等は宏紀のドレス姿に合うように、白いタキシードで、年長組は淡色の紋付羽織袴姿だ。背格好は様々な三人だが、美佐子の言うとおり姿勢が良いせいか、随分と様になって見える。
更衣室で美佐子がはしゃいでいるのに気を引かれて、高宏の兄、筝全もそこに顔を出した。少し歳の離れた兄は、すでに還暦を越え、長めに伸ばした髪は半分白いロマンスグレー。不思議と体格の良い高宏には似ていないものの、これまた往年の色男ぶりを垣間見せる容姿の持ち主だ。
その彼が、和服姿の高宏など見慣れているだろうに、ほう、と感心した声を上げた。
「なるほど、似合っているな。花嫁には役者不足かと思ったが、なかなかどうして、様になるじゃないか」
うんうん、と頷く彼は、それだけの憎まれ口を叩いてもやはり大事な弟ではあるようで、貢に視線を向け、改まって頭を下げた。
「土方君。何かと至らない弟だが、よろしく頼むよ」
「こちらこそ。今後ともどうぞよろしくお付き合いのほどお願いいたします」
養子縁組とはいえ、実家と縁を切るつもりなどまったくないのだ。それこそ、今度こそ家族ぐるみでお付き合いをお願いしたいというもので、貢は義理の兄に当たるその人に、深々と頭を下げた。
しばらくして、予定の時間ぴったりに祝瀬家の面々が顔を出すと、パーティーの前に結婚式の準備も整った。
式前に更衣室を覗きに来た松実が、自分のことのように嬉しそうに歓声を上げたのが印象的だった。さすが言いだしっぺ。思い入れは強いらしい。
同性同士で二組同時という変則的な結婚式にも関わらず、弟と長年連れ添った伴侶の、そして二人がわが子として大事にしている子供たちの、大事な儀式のためにと、船津家の兄は随分張り切ったらしい。
わざわざ自分の神社から神様を勧請して出張させ、巫女も二人連れて来て、本格的な神前結婚になった。若者組は洋装だというのに、まったく気にしないらしい。それは、時代と共に服装は変わっていくものなのだから、和装に拘るなど馬鹿げている、という個性的な発想のおかげだ。
立会人として式に列席したレストランの面々と、祝瀬家の人々、仲人役の田辺夫妻が見守る中、式は粛々と進められる。
神に捧げられる祝詞はわかりにくいとはいえ日本語であるから、注意深く聞いていれば意味がわかるものだ。それは、神の御許にて永遠の愛を誓い健やかな家庭作りを約束するので、どうか見守ってください、といった主旨の言葉だった。装飾過多な台詞回しだが、簡単に要約すればその通り。
制約に縛られて、唯一絶対の神に許しを請うことが主旨の、キリスト教式に比べれば、随分とおおらかだ。
固めの杯を交わし、指輪の交換をして、神々に夫婦円満家内安全を祈願して、式はあっという間に全行程を終える。
式の最中に、パーティーにはまだ時間があるにも関わらず、披露宴の出席者が続々と店に入ってきては、簡易的に作られた式場の後ろの方で静かに事の行方を見守っていた。
最後の二礼二拍手一礼の拝礼には、後ろの方に離れて見守っていた人々も一緒に拍手を合わせたため、気付いていなかった式の参列者たちが一斉に振り返っていた。
式が終われば、主役もその家族もレストランの関係者も招待客も関係なく、パーティーの準備に流れる。片隅に寄せていたテーブルと椅子を戻し、厨房に用意済みのメニューを並べて、皿もありったけ並べて、立食形式だ。
開始時間より早いものの、飲み物が配られて食事をそれぞれ好きなように取り分けて、そこらで適当に乾杯が始まれば、いつの間にかなし崩し的に宴は始まる。本日の主役たちはそれぞれに招待した知り合いに引っ張りだこだ。
約束の開始時間に達したときには、すでに宴もたけなわ状態だった。
レンタル用品店で借りてきたスピーカーを調整し、マイクテストをしていた克等が、手元に用意した時計を確認して、マイクに向かって声を張り上げた。
「え〜。何故か宴もたけなわではございますが……」
突然話し始めた克等に、一応時間前に始めた自覚はそれぞれにあったのか、会話の音量を落として一方の壁に設けられた主役席を振り返る。
ちなみに、そこに人はいない。それぞれが招待客に呼び出されて手放してもらえず、空席にしているのだから当然だ。
「主役のみなさん、返してくださいね〜。では、お時間になりましたので、土方家の人々の、ようやく収まるところに収まった披露宴を開始いたします!」
中途半端に笑いどころを交えつつ、克等のマイクパフォーマンスというには頼りない司会に、客のそれぞれが大盛り上がりで拍手と歓声を上げた。
壇上に押しやられるように開放された主役の四人が、それぞれにバラバラな場所から戻ってきて、用意された主役席に落ち着く。
途端に、背が低いせいで、身長のある友人たちの中に埋もれていた、ウエディングドレス姿の宏紀が、全員の視線に晒された。
それが男であることは、直接の面識はない、他三人の知人たちにも知られている。が、どう見ても、可愛らしい花嫁姿だ。それぞれの脳内で、所詮は女装の成人男性、と思い込んでいた無意識の嘲笑が、ガラガラと崩れ去ったのは言うまでもない。
一方で、宏紀をよく知っている人々からは、喝采があがった。指笛にラブコールで大盛り上がりだ。
司会の克等は、その盛り上がっている一段が、高校時代の友人たちであることを良く知っているせいか、半ば無視するように進行を進める。
「では、改めて乾杯の音頭をとらせていただきます。この場合、仲人が何がしかの挨拶の後に音頭という手順が一般的ですが、主役であります新郎、貢さんの御要望により、主役自らのご挨拶となります。マイクを変わります」
主役席の隣に立って、事前に打ち合わせたとおりの文言を述べ、マイクを隣に立つ貢に手渡す。ちなみに、本日の克等の仕事は、ここまでだ。
「えー。お集まりの皆様、本日は我々土方家の内々の祝事にかくもご参列いただきまして真にありがとうございます。今日この日が迎えられましたのも、温かく見守ってくださいます皆様のおかげと、心より感謝いたしております。我々土方家一同、手を取り合って世間に立ち向かい、幸せな未来に向けて努力してまいりますので、今後ともお力添えを賜りたく、何卒よろしくお願いいたします」
まるで舌を噛みそうな台詞を、似合わない真面目な顔で言ってのけて、頭を下げる。一緒に、並んだ三人も深々と頭を垂れた。
が、顔を上げた次の瞬間には、貢の口元に普段の不敵な笑みが浮かんでいた。
「とまぁ、堅苦しいご挨拶はこんなもんで、みなさん、グラスをお手元にどうぞ! この後は無礼講でお願いします! かんぱーい!!」
明るい貢の一声に、基本的にノリの良い客人たちが、グラスを高く掲げて唱和した。
つまり、司会の役目がここまでなのは、こういう予定だったからだ。
宴の後は、仲間内や気のあったグループ同士で連れ立って二次会に散っていき、レストラン内には仲人を引き受けた田辺夫妻と土方家、祝瀬家の面々のみが残された。
あのもみくちゃ状態にも関わらず、彼らの衣装は全員無事で、嵐が過ぎ去った後のごとき店内で、四人揃っての記念撮影をすると、借り物の衣装を着替え始めた。
元々、ドラマ等で活躍する俳優夫婦の田辺夫妻が、仕事上の伝を借りて貸衣装屋から借りてきた衣装だ。それを返さなければならない。
「そういえば、高宏さんは良かったのかしら? 花嫁衣裳でなくて」
「俺は、似合いませんよ。それに、女装の趣味もないですから」
花嫁の立場であるとあとから聞かされたらしい美佐子の問いに、高宏は少し困ったように笑って返す。実際、がっしりとした体格の高宏には、ドレスはかなり似合わない。宏紀よりも背の低い痩せ型の貢ならば、とも思われたが、宏紀の美貌に似たところのない男らしい顔立ちの彼も、やはり似合わないようだ。
宏紀が脱いだドレスを、少しうらやましそうに撫でたのは、本人は似合わないからと拒否していたはずの祝瀬家の嫁、松実だ。女装の趣味はなくとも、花嫁衣裳は特別な意味を持つ。実際に、嫁の立場をすんなり受け止めている松実には、結婚式願望はなくもないのだろう。
「着てみる?」
似合わない、と松実が自覚している通り、確かに似合わないだろうけれど。宏紀と同じ立場だと聞いていたようで、美佐子はそう問いかけた。連れてきた美容師は、別の仕事があるからといってすでに帰ってしまったが、メイクくらいは美佐子にも当然できる。
問われて、松実は少し悩んだらしい。しばらくして首を振るのに、その首を両手で挟んで止めたのは、松実の事実上の夫である克等だった。
「着てよ」
「だって、似合わないよ?」
「それでも。着て見せて。俺のために」
俺のために、という言葉は、それ自身が強制力を持つ。松実が頷くまで待たずに、美佐子はそれを決定と受け取り、ドレスと松実の手をとって更衣室へ強引に移動していく。
他の面々は、レストランの後片付けだ。パーティーは午後三時からだったものの、夜の営業は無理だろうとオーナーは判断したらしく、一日貸切になっている。したがって、明日からの営業のために、店の従業員は厨房を、借り主たちは店内を、大掃除だ。
一通りの掃除を終えて、更衣室状態になっている一角を除いて通常状態に戻った頃、目隠しの裏から美佐子に手を引かれて松実が姿を現した。
似合わない、と本人は言っていたが。なかなかどうして、様になっている。
完全傍観者の年長組は感心の声を上げ、宏紀はうっとりと目を細めて親友を眺めやる。
姿を見せた松実の目の前に立って、実に心もとない表情の松実のブーケを持つ手を取り、克等はその手の甲に口付けた。
「綺麗だよ、松実」
「……本当? 不細工じゃない?」
「不細工なもんか。こんな綺麗な人が俺の嫁さんなんだ、俺も自信が沸くってもんさ」
慰めに感じない、真摯な克等の声色に、松実もそっと顔を上げる。
「着てくれて、ありがとうな」
心底愛しそうに抱きしめる克等に、松実もようやくほっとしたらしい。抱き返して、ニコリと笑う。
「さぁ、いつまでもラブラブしてられないわよ。お店も返さなくちゃいけないし、そろそろタイムアップ。写真撮っちゃいなさいな」
パンパン、と手を叩いて、美佐子が今日初めて会ったばかりのラブラブな二人を現実に引き戻す。カメラを片手に、忠等が二人を写真に収めるべく行動を始め、宏紀は美佐子に近づいた。
「美佐子さん。今日は、本当に、いろいろとありがとうございました」
「あら、良いのよ。この年になると、お節介の一つや二つ、焼きたくなるものなんだから」
改めて礼を言う宏紀に、手を振って軽く答え、自分の隣にやってきて腰を抱いてくる旦那の手に指を絡めつつ、美佐子は嫣然と微笑んだ。
「末永く、お幸せにね」
それは、メル友とはいえその程度の付き合いしかない他人からの、心からの寿ぎの言葉だった。
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