8周年記念第一弾 第3位「リャンチィとシン様のラブラブなお話


 ある日突然、シン様が私におねだりをされた。
 いや、おそらく、おねだりなのだろう。
 自信がないのは情けない限りだが、我儘だとご自分でわかっていらして、それでもなお、私にお願いをされるのだから、やはりおねだりに違いない。
 城下に構えた私の邸宅に、招待して欲しいとおっしゃったのだ。


 私の名は、リャンチィ。現王の鳳王としてこの世界に降臨なされた、シン様の護衛官を拝命している。
 任命された当時、私は親衛隊の副隊長を務めており、それなりの実力も自負もあったものであったから、内心不本意ではあったのだ。
 しかし、シン様のお人柄に触れるにつれ、この方の身をお守りし、常にそばにつき従うことのできる自らの立場に、現在では深い感謝の念を抱いている。
 ただし、その一方で多少困った事態には陥っていたりもするのだ。何しろ、公の立場では護衛官ながら、私とシン様の関係はそれだけに留まらず、恐れ多くも、恋人同士といった言葉を当てはめることのできる、複雑な事態なのだ。
 もちろん、その感情を否定するつもりはまったくない。もしも、シン様が鳳王という唯一絶対の存在でなければ、我が伴侶として永遠を誓うことも吝かでないのは事実だ。だが、それは仮定の話。シン様が鳳王である事実は変えようもなく、その事実がなければ私たちは出会うこともできなかったのだから、仮定するだけむなしいものもない。
 自由奔放を信条となさるシン様には、歯痒い思いをさせてしまっているのは、重々承知している。けれど、私にはまだ、シン様を我が伴侶であると公に宣言するだけの度量は、備わっていなかった。
 そんな関係も、すでに半年。
 後宮にてシン様が置かれている境遇を打開するためにも、シン様の思い人は我らが王ではなく、私であると宣言するのが一番良いことは承知している。
 まるで兄弟か従兄弟のように仲の良いシン様とラオシェン王の関係を、ラオシェン王の寵愛を受けてきた女性たちが疑惑の目で見ているらしい。また、シン様が自由に空を舞い、二日に一度の空中散歩を楽しんでおられるのが、この世界で穢れを受け、渡界の水鏡を抜けられなかった副産物であると、おそらく神官から洩れたのであろうけれど、知った権力者たちが、ならば自分の娘を、孫を嫁に、と縁談を持ちかけてきてもいる。
 それらすべてを跳ね除けるだけの力が、自分の宣言にはあるのはわかっているのだ。けれど、護衛官の立場で何たる不始末、と謗りを受ける覚悟が、私にはまだない。
 情けない話だ。わかっていて、手をこまねいている。
 シン様は、どうやらそのあたりの私の心情も察しておられて、何も言わずにそれでも私に甘えてくださっている。そんなシン様のお心に、早くお答えしなければと思うのだが、なかなか踏ん切りがつかないままだ。
 その中での、珍しいおねだりに、私が拒否できようはずもなく。
 頷いた私の返事に喜んで、シン様は跳ねるように軽快な足取りで、王の執務室へと向かった。外出の許可を得るためだ。


 ラオシェン王の返事は、快諾だった。
 どうやら、夜間の私がいない時間帯にも、お二人は親密に交流を深めているようで、まるで内緒話をするようにくすくすと笑いながらの会話は、後宮の女たちが噂する疑惑を、肯定するかのようでもあった。
 ちなみに、お二人の絆が家族愛に似た親愛であると、正しく理解している私ですら、軽い嫉妬を覚えるほどである。変な噂は、お二人の自業自得ではないかと思われる。
「ようやく念願のお宅訪問ですね、シン様」
「だって、いずれ、って言われたっきりだもの。思わず強引に強請っちゃったよ」
「遠慮しておられるのですよ、我が叔父上は。遠慮深いお方ですからね」
「遠慮深いにもほどがあるっての。拒否されてるのかと思うじゃない」
 ねぇ、と私に同意を求めないでください。
 確かに、私の煮え切らない態度が、シン様をヤキモキさせている自覚はあるので、私は否定することもできず、ただ困って顔を伏せるだけだ。
 赤くなっちゃって、可愛い、と嬉しそうにシン様が私をからかわれる。それを無邪気な笑顔でおっしゃられるのだから、シン様の方こそ可愛らしいと思うのだけれど。
 思わず見詰め合ってしまった私たちを眺め、ふいにラオシェンがパンと手のひらを打つ。自分に注目を促すためであろうそれに、私たちは大慌てで従った。誰が見ているとも知れない公の場で、なんと恥ずかしいまねをしてしまったのか。
「さぁさ。思い立ったが吉日と言いますし、早速今日にでも御出でなのでしょう? シン様に謁見希望の入らないうちに、お出かけなさいませ。お帰りは明日ですね?」
「うん。お泊りで良いの?」
「どうぞどうぞ。シン様が遠慮なさることはありませんよ。親しくしている友人の家に泊りがけで遊びに行くのに、誰が咎めますか? ゆっくり羽を伸ばしていらしてください。時には休養も必要ですよ」
 どうやら、シン様が緊張を強いられている現状を、ラオシェンも正しく理解していたらしい。これには、シン様も真面目な顔をなさって、深く頷いた。
「うん。ありがとう」
 突然異邦より呼び寄せられて鳳王としての義務を押し付けられて、それでも求められる以上に心を砕いてくださるシン様に、われわれができるのはたった一昼夜の休養程度を与えることだけ。
 ラオシェンが、王の立場でもできる、休暇の許可や外泊の手続きを引き受けるならば、護衛官としておそばにつき従う私がするべきは、シン様のお心を休ませる大事なお役目なのだろう。
 その方法が私自身の欲望に直結してしまうのは、実に情けない話ではあるけれど。
「シン様。参りましょう」
「いってらっしゃいませ、シン様」
 にっこりと笑って見送ってくれるラオシェンに、シン様は嬉しそうに笑い返した。
「行ってきます」


 そういうわけで、訪れたのは、王都郊外に位置する我が邸宅。王族でも随分と高位にいるはずの私が、歩いて四半刻かかるこの郊外に居を構えたのは、純粋に、この広さの邸宅を建造する土地がこのあたりにしかなかったからに他ならない。
 元々、私はおまけのような存在だ。王位継承権が私にあったことは、生まれてこの方一度もない。しかし、それでも元王の実子であるからには、それなりの地位を表す邸宅に住まう義務があり、その結果の折衷案として用意されたのが、この邸宅なのだ。
 ちなみに、我が家には通いの使用人が二人いるだけで、夜間にしか戻らない私は、彼らと顔を合わせることも滅多にない、気ままな一人暮らしだ。使用人には、大きすぎる邸宅の管理と、私の朝夕食の世話を任せている。
 珍しく昼間に邸宅に戻った私に、昼食後の休憩のためか、ゆっくりと寛いでいた彼女たちは、大慌てで迎えに出てきた。そして、私の背後に隠れるようにいたシン様に、大騒ぎだった。
 シン様にお仕えできるのが嬉しくて仕方がないらしく、普段以上に張り切って、紅茶を淹れ、自分たちのために買ってあったらしい茶菓子を供し、客間の埃を払い、夕食の支度を整え、夕刻には名残惜しそうに帰っていった。
 身の回りの世話は侍従のミントゥに任せるより自分でしてしまうシン様は、女性に世話をされることに慣れておらず、少し気恥ずかしそうではあった。けれど、それよりも、訪問先で粗相をしないようにと気を張り詰めていたらしく、彼女たちが帰っていくと、途端にシン様はため息をついた。
「あぁ、びっくりした。パワフルなおばちゃんたちだねぇ」
「家のことは彼女たちに任せきりです。事前にお話しておけば良かった。お疲れでしょう?」
「ん。でも、まぁ、平気。おばちゃんたち、明るいしね。後宮の陰湿なのと比べたら、楽しいよ。良い職場なんだね。雇い主の目の前で、あれだけ楽しそうに仕事してるなんて、凄いなぁ」
 それは、シン様がそこで見ているから、という理由がたぶんにあると思うのだが。それをシン様が自覚していないのならば、自覚を促す必要も見当たらず、私は苦笑して返すのみだ。
「俺の身の回りには、いなかったからな、ああいうおばちゃんキャラ」
「おばちゃんキャラ、ですか?」
 キャラ、というのがどういう意味なのかはわからないが。おそらく、シン様のいた世界の言葉なのだろう。時折、こちらの言葉に直せない言葉を、シン様は遠慮なくそのままで口にされる。それは、正しく伝わらなくともニュアンスが大体伝わればそれで良い、とシン様が判断したときにこそ顕著で、今回もシン様は楽しそうに笑ったまま教えては下さらなかった。
 その代わり、私の腕に擦り寄って、うっとりとした視線を向けてくださる。
 この表情を見られるのは、私だけだ。あの親密な様子のラオシェンすらも、知らないはずの、シン様の艶めいた表情。
 ドキリ、と心臓が強く跳ねたことを自覚した。
「他に、使用人は?」
「彼女たちだけです」
「じゃあ……」
「えぇ、二人きりですよ。シンさ……」
 ま、とまで言い切ることはできなかった。寄せられた唇に、吸い取られて。
 小柄なシン様は体重も比例して軽く、私の膝に乗りあがられても、さして痛いと感じない。
 二人がけのソファは、二人座って丁度良いサイズのため、彼を押し倒すには少々狭いのだけれど。かまうことなく、私に向かい合わせに座るように、私の腿を跨いで擦り寄ってくるシン様の、武道を嗜んでいるとは思えない細い腰を、私は強く抱き寄せた。
 確かに反応しているシン様の御標が、私の腹部に押し付けられるのを感じて、私自身も否応もなく昂ぶる。
 合わせた唇と、絡み合わせた舌が、湿った音を周囲に響かせ。
「シン様。食事は……」
「今、食べてる。ね、もっと……」
 シン様のお夕飯は私ですか。
 積極的になったシン様の言動は、思いもよらず色っぽく、元の世界でも、偶然未経験であっただけで男性的な興味は旺盛な普通の青年であったことが感じ取れる。こんな、まるで娼婦のような台詞も、私を煽ろうという意思の下に迷いなく選ばれるのだから、知識として習得済みであったに違いない。
 そういう意味では、シン様がファーストキスのお相手である私とて、男ばかりの軍部や親衛隊で暮らしたなりの知識は備えている。ただ純真無垢であったなら、シン様の艶めいたお言葉を、理解できなかったはずだ。
 ならば、私もまた、遠慮なく。
「私にも、シン様を食べさせてくださいね」
「ん。美味しく召し上がれ」
 くすくすとした笑い声は子供のようなのに。囁く言葉は手加減のない煽り文句。
 それは、私にだけ有効なのだと、信じている。こうして、余裕なく肉の快楽を強請り、私に擦り寄ってくるシン様の態度が、それを信じさせてくれるのだ。
 まるで食人鬼のように、シン様の首筋に齧り付く私の頭を引き寄せて、シン様は小さく身もだえ、熱い吐息を吐く。シン様の呼気が私の額や髪の間を抜けていくのを感じながら、私はその身体に覚えた快感の糸を一つ一つ丁寧に弾いていく。時には焦らすように、時には執拗に。
 やがて、くたりと力の抜けてくるシン様を、狭いソファに押し付け。
 きっと、見下ろす私の目は、獣のような獰猛さを宿しているに違いないのに。そうして欲望をむき出しにする私にこそ、シン様は心底幸せそうに微笑むのだ。離さないように、腕と足とを絡めて。
「リャンチィ。大好き」
「愛している。……シン」
 こうして彼を陵辱している間にしか、様を除いて呼べない私は、まったく情けない男だと、自分でも思う。
 それでも、こうして呼び捨てる形で名を呼べば、彼は一瞬驚いて、それからふわりと表情を和らげる。本当に、心底嬉しそうに。
 この表情を、いつでもそばで見られるようにと思うならば、私がすべきことはやはり、唯一つなのだろう。まだ、覚悟はつかないけれど、近い将来、必要に迫られることもまた、事実だ。
「俺の、伴侶になってくれるか? シン」
「して。ずっと、そばにおいてくれるなら。心も身体も、貴方のものに」
 所詮は、身体を繋げ、快楽を追っていた最中の睦言だ。だからこそ、私も正直な胸のうちを曝け出すことができたのだが、それがシン様もまた、最中であったからこそ言えたのだとわかるのは、まだまだ先の話。


 その返事が、シン様の中でどんな意味を持っていたのか。私が彼自身の口から聞くことになるのは、私が正式に彼に求婚した時のことだったのだ。後から思い返せば、この時すでに、彼の心のうちでは結論が出ていたのだと、気付かされる一件だった。


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