「KYMDREAM」の『現代版大江戸妖怪屋本舗』と
「お気楽長屋」さまのお話『眩しい闇』のコラボSS

夏の日のお客様

 裏の神社のセミ時雨が、店の中からも聞こえてくる。
 クーラーこそ効いているものの、その鳴き声はそれだけでもうだるような暑さを感じさせた。
 いつものように、昼間は暇な店内は、現在、近所の老夫婦が病院帰りに立ち寄ってくれた以外、誰もいない。
 そう広くもない店内で、老夫婦は夏の日差しを避け、店の隅の方で向かい合っていた。はたから見ていて、ほほえましい光景だ。
 昼食後のこんな時間には、時々フロア係の色男の姿が消える。カウンターで髪の長い青年がグラスを磨いているだけで、現在店内には3人しかいない。
 ここは、御茶ノ水駅から徒歩圏内にある神田明神下のお茶専門喫茶、江戸茶房。陰陽師の夫婦が片手間に営む、近所の奥様方の憩いの場である。

 カランカラン。
 耳に心地良い音を鳴らして、熱気をさえぎっていたドアが向こうに開いた。
 姿を見せたのは、男性が二人。
「いらっしゃいませ」
 反射的に声を上げ、志之武は顔を上げ、やってきた客を見やった。それから、ゆっくりした動作ながら、急いで迎えに出る。
 二人づれの、片方が白い杖をついていたからだ。もう一人がドアを押さえて彼を中へ促している。すっかりエスコート慣れしているらしい。自然な仕草だ。
 彼の邪魔になりそうな位置にセットされたテーブルセットを何気なくずらして、志之武は付き添いの男性を見やり、奥へと促した。
「優」
 彼を呼ぶ声が優しくて、志之武はその声だけで二人の関係を見破ってしまった。
 奥様御用達のはずのこの店は、一方で、男性同士のカップル率も実は多い。きっと店主自身が同類を呼び込んでいるのだろうが、その自覚はない志之武である。
「いらっしゃいませ。おしぼりをどうぞ」
 普段なら、籠に入れて出すところだが、ちょっと気を利かせてみた。冷凍庫に入れて凍る寸前まで冷やしたお絞りを、広げて彼の手の上に載せる。ついでに、もう一人にも。
「わ。冷たい」
「この季節、外からいらした方には好評なんですよ。一気に汗が引く、って」
 盲目な彼の素直な反応に、志之武の表情まで自然に和らいだ。普段ならにっこり笑ってあしらうところだが、何故か返事をしたくなったらしい。普段は征士に任せている彼にしては珍しいことだ。
「ご注文がお決まりの頃、またお伺いいたします」
 音を立てずに氷水の入ったグラスを二つそこに置いて、そこを立ち去る。彼を「優」と呼んだ男が、志之武がカウンターへ戻っていくのを目で追った。
 カウンターに戻った志之武は、冷凍庫から氷の塊を取り出して、アイスピックで削りだした。というのも、それは二人ともなのだが、一体どれだけこの炎天下にいたのか、顔が火照って気の毒なほどだったのだ。飲み物でどれだけ身体を冷やせるものかはわからないが、噛まずに口の中で解けるほど細かく砕いた氷ならば、少しは効果もあるだろう。
 そんな作業をしながら、向こうの会話に耳を傾ける。
『何が良いかなぁ? ここのメニュー、すげぇよ。お茶ばっか』
『お茶? 煎茶とかほうじ茶とか?』
『も、だし、紅茶とか烏龍茶とか。ほとんどなんでもあるんじゃないか?これ』
 たいてい、初めてのお客さんは、そのメニューでひとしきり驚いてくれる。だから、聞きなれた会話ではあった。ただ、片方が説明して、片方がそれに質問をして、という会話はさすがに初めてだ。
 それもそうだろう。一方には、それを見ることはできないのだから。
『玉露入りにしてもらおうか。冷たくして』
『冷たいお茶って、どうかな?』
『でも、ここに、アイスって書いてあるぞ』
 会話を聞いている間に、丁度よく、コンロの湯も沸いた。火を止め、適温まで冷ますため、急須に移す。
『じゃあ、それで』
 結論が出たらしい。聞き取って顔を上げると、こちらを向いている男が顔を上げたのと目が合った。
 カウンターを出かけて、裏口に繋がる通路上に、見慣れた人の影を見つけた志之武は、そこで立ち止まる。
「ごめん。遅くなった」
「注文、お願い」
「了解」
 つい先ほどまで屋上で竹刀を振っていたはずの、恋人だった。簡単な言葉で頼むのに、志之武の手元から注文票とペンを受け取り、引き継いでくれる。志之武は、背を向ける征士を見送って、お茶を淹れる準備を始めた。
 聞いていた通りの注文を持ってきて、カウンターに腰を下ろした征士は、注文を繰り返すまでもなくとっくに準備を始めている志之武に苦笑を浮かべた。
「また聞いてた?」
「店が静かだから、別に覗かなくても聞こえるんだよ」
 細かく砕いた氷を、皿から三つのグラスに流し込むと、サラサラと冷たい音が聞こえてくる。この音だけでも、感覚的に身体が冷える心地がする。
「あれ? グラス、三つ?」
「せいさんの分。ほっぺが赤いよ」
 氷をたくさん入れた耐熱容器に濃い目に淹れたお茶を注ぎ、十分に冷やしてグラスに注ぐ。注いだグラスは三つだが、征士に渡すグラスは二つ。まずは客に出せ、ということだ。
 受け取ったグラスを盆に乗せて、客の元へ持っていこうとした征士を、志之武は背後の冷蔵庫を開けながら呼び止めた。その盆の上に、よく冷やした抹茶味のチョコレートが乗った小皿を載せる。
「はい。よろしく」
「サービス良いなぁ。気に入った? あのお客さん」
「うん」
 普段なら誤魔化して見せるところを、普通に肯定するので、征士はびっくりして志之武を見つめてしまった。早く行け、と手を振られて、慌ててその場を後にする。後姿を見送って、志之武はくすくすと笑った。
 征士が、そのサービスのチョコレートのことで男とちょっとした問答になっているうちに、奥にいた老夫婦が会計に出てきて、炎天下へ帰っていく。レジの引き出しを閉めて、志之武は征士のために作ったグラスの中身を二つに分け、それを両手に持って客の方へ向かった。
 お客さんが彼らだけなら、休憩時間だ。

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